盲目のジャズ・ピアニストで作曲家。演奏家としては、クール・ジャズやビバップ、ポスト・バップ、アヴァンギャルド・ジャズのジャンルで活動した。ジャズの歴史においてはいささか過小評価されてはいるが、即興演奏家としては、顕著な独創性や驚異的な活動ゆえに、通のジャズ愛好家から長らく称賛されてきた。さらに教師として、リー・コーニッツやビル・エヴァンスらを通じてジャズ界に抜本的な影響を与えてきた。シカゴにおいて、アヴェルサからのイタリア系移民の家庭に生まれる。本名はレナード・ジョゼフ・トリスターノ(Leonard Joseph Tristano)。幼少期に失明したが、十代になる前からピアノと音楽理論を学び、1943年にシカゴ・アメリカ音楽院を修了した。ジャズへの関心から1946年にニューヨーク・シティに転居した。トリスターノは、和声法についての高度な理解力によって、同時代のビバップ運動をさらに上回る複雑な音楽様式に辿り着いたが、本人は常々、チャーリー・パーカーやバド・パウエルから大きな影響を受けていると公言して憚らなかった。トリスターノの様式に影響したその他の人物は、初期の録音からも明らかなように、ナット・キング・コールとアート・テイタムである。トリスターノとその一派は、主流派であるビバップ・ジャズに傾倒していたにもかかわらず、パーカーやディジー・ガレスピーらビバップの旗手たちとは、たまにしか演奏や録音を行わなかった。「トリスターノ派」は、しばしば「クール・ジャズ」と定義されてビバップと対照されてきたが、とはいえこのような呼び方はトリスターノ流の音楽様式を、1950年代の西海岸のクール・ジャズのような無関係な様式と一緒くたにする惧れがある。